back number「fallman」考察──車窓と心象3──

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 続いては「fallman」である。本作は『逃した魚』次いで発表されたインディーズアルバム『あとのまつり』(2010)に収録されている。本作のタイトルには「man」とあるから一見すると男性目線のように思われるが、語り手は女性である。ではなぜこんなタイトルになったのか、という由来を探してみると、「fall of man」という言葉がある。意味は「堕落」である。この点を手掛かりにしながら、本作に描かれる車窓と失恋を考えてみたい。本作では、音信不通となってしまった恋人のもとへ向かう最中にいる女性の心情が語られている。彼女は恋人から連絡を絶たれており、そのことで曖昧になった二人の関係に決着をつけようと、彼の元へ車を走らせている。

車の鍵と家の鍵 あなたに返す合鍵も

それだけ持って会いに行く 答えを聞きに

(fallman/作詞:清水依与吏/作曲:清水依与吏) 

彼女の荷物は鍵だけである。鍵とは得てして扉や箱といった閉ざされた物を開くものである。二人の関係も同様で、彼から連絡を絶たれている現在は、彼女からすれば戸を閉められ、鍵をかけられたような状態である。

あなたが好きって言ってたこの手この指で

エンジンをかけて走り出す

愛してるよって言ってたその同じ声で

さよならって言われに走ってく

(fallman/作詞:清水依与吏/作曲:清水依与吏)

 彼のもとへ着いた後の展開について、彼女は既に予想を立てている。連絡を絶つ、という行為をとられていることから、いわゆる自然消滅の形で交際を終わらせようとしているのだ、という推察を立てているのだろう。ここまでみると、あたかも彼女の方では既にこの恋が終わっているかのようにも思われる。しかしながら、「さよならって言われに走ってく」というように、別れの言葉を言うのは彼女ではない。彼女は彼に答えを聞きに会いには行けても、自分から別れを切り出すことはできないことを自覚している。これが本作で描かれている堕落の一端である。彼女は彼が既に自分を好いていないと分かっていながらも、彼なしでは何も思い切ることができない。それほど依存してしまっていたのである。

窓を流れる街並はこんなにさびれていたっけな

赤信号はこんなにも短かったんだっけな

(fallman/作詞:清水依与吏/作曲:清水依与吏)

本作における窓の描写はこのように彼女の運転する自動車の車窓として登場する。これまでの「then」、「海岸通り」では、窓にうつるのは過去の景色だったが、「fallman」では現在の景色である。「こんなにさびれていたっけな」という表現は、以前の景色がいかに綺麗だったかということの裏返しである。恋の破局を目前に、車窓にうつる外の景色は輝きを失っている。そして、赤信号が短く感じられるのは、先へ進みたくないという意思の表れであって、別れの言葉を受け取りに行こうと決意している彼女の本音の心象が、窓を中心に表現されていることが分かる。

あなたが好きって言ってた足で踏み込んで

エンジン吹かして走り出す

愛してるよって言ってたその同じ声で

さよならって言われに走ってるのか

(fallman/作詞:清水依与吏/作曲:清水依与吏)

彼に別れを切り出せずにいる自分と、別れを言われようと車を走らせたのに到着を遠ざけたいと願ってしまう自分に気づいた彼女は、さらに内省的な思いを巡らせる。中でも「さよならって言われに走ってるのか」という語りは、その前の「走ってく」とで心境を異としていなければ出てこない。なぜなら、「走ってく」とはあくまでも自分の行動をそのまま表したものに過ぎない。しかしながら、「走ってるのか」とは、自分の行動を、その行動をとる自分を俯瞰して見つめた末の表現なのである。自分はわざわざ相手に別れを言われに走っているのだ、と自嘲的に語る彼女は、自らの堕落をもここで自覚したのである。

何かの間違いで 私の思い違いで

そんな都合よくいかないよね

私の心はまだあなたに預けてるから

返してもらわなきゃ

(fallman/作詞:清水依与吏/作曲:清水依与吏)

 堕落を自覚した後の彼女は、自分が「何かの間違い」、「思い違い」によって彼と別れる未来を遠ざけようとしていたことを告白し、それが都合のいい思い込みだったと認める。しかし、だからといって彼女は帰ることも車を停めることもしない。むしろ、アクセルを踏み込んで、より車を走らせることを選ぶのである。彼女が彼のもとへ向かう目的は、ここで一変している。つまり、合鍵を返し、別れを言われに行くのではなく、別れを言うために、そして、自らの堕落から抜け出すために必要な「私の心」という鍵を取り返しに行こうと決意したのである。

あなたが好きって言ってた私のすべてで

全部であなたを好きでした

愛してるよって言ってたその同じ声で

さよならって言われに走ってくのさ

(fallman/作詞:清水依与吏/作曲:清水依与吏)

「好きでした」という過去形と、「さよならって言われに走ってくのさ」という思い切りのいい宣言をもって本作は幕を下ろす。ここまで強気に変われたのなら、もはや会いに行かなくていいのではないかと思わなくもないが、さよならを言う自信はまだできてないという辺りは、back number特有の煮え切らなさ、それに伴う滑稽さの表現なのだろう。

 以上、「fallman」について考察してきた。本作は語り口が女性という点でこれまでの作品とは異なっている。女性の語り口では男性のそれより変わり果てた現実がうつしだされているという発見は、今後の考察においても押さえておきたい。そういえば「助演女優症」の女性もそんな感じだったような気がするな、とたった今思い始めたのだが、もはや原稿が終盤だから、とりあえず別稿にまわす。未来の著者に託す。